
植野流インフラマネジメント術!
1.はじめに
8月は妙に忙しく、毎日出歩いていたら調子をおかしくした。
熱中症か?とも思った。月末から2週間ほど寝込んでしまった。もう若くはない!しかし、意外と頭は冴えている。寝ながらAIで様々な資料を作成してみた。AIに自分の考えを教え込んで、資料を作らせると、自分の考えを踏襲したし資料になる。考えを整理するにも役立つ。答えを出してくる間、少々イライラするが意外と使える。ダラダラしている間に、AIにこれまでの取り組みや、思想を学ばせた。そして「植野流の思考」をAI化してみた。
今後、この「植野流のインフラマネジメント論」というのを確立したい。
2.インフラマネジメントへ
ここのところ書いているが、社会は「インフラマネジメント」と言うことをやっと言い始めた。私は10年以上前から「トリアージ」とセットで言っている。このトリアージも、さんざん批判された。マスコミや、地方マスコミ、自分達では技術雑誌だと思っている雑誌(笑)、地方新聞・・・と。さらには、国やコンサルからも批判された。味方でいてくれたのは一部の方々、ゼネコン、某土木系の技術雑誌、共同通信社などであった。このさんざん批判された「トリアージ」が、現在脚光を浴びだした。脚光と言うと華々しいが、「やはりそうなるよね!」という理解である。もはや全てを、存続させるのは無理がある。
「長寿命化、予防保全」と言う、きれいごとの維持管理の思想。まことに上手いネーミングである。素人や社会の多くの人間、特にポピュリズム系の方々には、優しい言葉として受け入れられたのである。一歩の「トリアージ」は、過激な発言で、見捨てるのか?というイメージにとられたようだ。
私が、「トリアージ」と言ったのには訳がある。策略だったのだ。過激なことを言って世の中に刺激を与えたかったのだがそうはならず、批判だけを受けた。国からも、「そんなのはダメだ。長寿命化だ。」と言われたわけである。それに同調するコンサルや業者、市民。しかし、何も考えていないことが良くわかった。もっと議論したかったが一方的な批判だった。この「トリアージ」と言う発想は、実は思いがある。
2011年3月11日の東日本大震災、私の干されていた時代。依頼された仕事をやっていくといういわば下請け的な状態。たまたま依頼された仕事を終え、14時くらいに栃木の自宅に帰宅した。女房がお茶を淹れてくれて、ほっとしていると湯呑の水面が波立ってきた。ガタガタと揺れだし、飛び出してきた猫が顔を覗き込んで「どうする?」と言っているようだった。なんとなく、いつもと違う揺れである。それで猫を抱き、外に出た。揺れは、いつになく長かった。
今出てきた家を見ると、東西に揺れていた。見てわかるほど振れている。しなっている。「ああ、これで家もダメかな?」と思った。電線がシャンシャンと鳴り、庭の灯篭が倒れ、笠が足元に飛んできた。ガッシャと灯篭の一部が庭園灯にぶつかり庭園灯が壊れた。すごかった。6強であった。そのあとも余震は続く。すこし収まってから家に入ると食器やグラスが散乱していた。翌朝、近所の人が訪ねてきて「墓に行ったら、ボーちゃんちの墓も倒れてはいないが、ずれていて危険だ」と言う。実はこの年になっても、住んでいる地域では、古くから住んでいる方々からは「ボーちゃん」と言われている。これは「坊ちゃん」と言う意味である。そして、隣を見ると、軒が落ち込んでいた。こういう言う具合であったが、幸いにも人的被害は近所ではなかった。
その数日後、義弟が所属する医療チームが東北に支援に行くと言う。東北には友人もいて気になるので、同行した。そこで見た悲惨な状況は何とも言えない。そして、この医療チームが始めたのは、「トリアージを始めます」と言う宣言の元でのトリアージだった。見ていると、涙を流しながらやっていた。
夜、夕食が終わってから焚き火を囲んで話したのが、「トリアージは、非常にきつい。判断に迷いがある。おそらく、身内や友人に対してはできないだろう。でも誰かがやらねば助けられるものも助からない。薬や時間は限られている。」ということだった。なるほどなあ。これはインフラ管理も一緒ではないか?
ということで、マネジメントの基本理念として、「トリアージ」と言う言霊を入れたわけである。これが批判され、腹が立った。平和ボケの連中には、理解できない!そして、10数年後の今、八潮の事故後にやっと国も「トリアージは必要だ」と言い始めた。私にすれば、「やっと気づいたのか?のんきな連中だ!」である。しかし、批判していた連中はどうするのか?見ものである。
3.「トリアージ」は戦略であった
私は、これまでの自分の生き方や幼少の頃の育てられ方から、戦略という事に非常に興味がある。小学校に上がる前から、父親の実家と母親の実家に預けられていた。当時、父は農林省から北海道に出向していて長期不在。母は病弱で入退院の繰り返し。そのため私は預けられて育った。その結果、性格がゆがんでいるわけである。
父方は元職業軍人の祖父で、非常に田舎にあったが、広大な敷地と桑畑、沼や山林を所有していて、遊ぶのに困らなかった。いつも腰に木刀を刺し、飼い犬と遊びに出かけた。桑畑では桑の実を食べ、服を紫色に汚し、よく怒られた。時々、爺さんが軍事調練の話や戦術、図上演習などをしてくれた。これが兵法である。
真剣で巻き藁を斬ったり槍の使い方など、武道というよりも武術の訓練を受けてきた。しかし暮らしは質素であった。なにせ田舎の山の中だったので隣の家までも遠く、夜になると沼のウシガエルが鳴いていて怖かった。玄関を出ると、厩があり軍用馬が数頭いて、馬にも乗せてもらった。雨の日などは縁側で、図上演習。こういう兵力でこう攻めてきたらどうするか?という遊びをしていた。兵法の訓練である。子供だったのでどうしても正攻法になる。すると負ける。兵法上では、潤沢な資源(人員、機材など)があれば、正攻法でも勝てる。正攻法のほうが消耗も少ない。しかし、そうではない場合は、戦略が必要である。戦略では自分の損失をできるだけ少なくする必要がある。そのためには、先を読み工夫しなければならない。こういうことを叩き込まれた。
一方、母方の方は「かんぴょう問屋」であった。いうなれば商人である。ここには従姉が2人。男の子がいなかったため、非常に大事にされた。よく叔父の車の助手席に乗って、農家を回った。こちらは商売をしていたので、田舎にしては意外と先進的な暮らしだった。叔父からは「かんぴょうはな、1晩で億の金が動く。儲かればよいが、損もする。先を読むのが大切だ。博打だ。」ということを教えられた。「かんぴょう相場」というものである。コメにも相場があった、塩にも何にでもあった。今話題なのは原油や金融であるが、何にでも相場がある。皆さんあまり感じないだろうが、適正価格というものがある一方で、相場という問題には人が絡む。いうなれば強いものが決めていく。かんぴょうなんて、あまり利用価値は無いと思うが。それが経済なのである。農家も問屋も損をしないように買ったり売ったりする。読み間違うと、どちらかが損をする。それが経済の道理である。それぞれ暮らし向きも生活も違っていたが、両方の共通点は「先を読むこと」だ。これが、マネジメントで重要なところである。
話は逸れたが、先を読んでいくことが重要で、当然世の中の先を考えれば長寿命化などと言うことは明らかに無理がある。無理であるのだが、皆さん「長寿命化、長寿命化」と言っている。問題は、それだけのことができる戦力(財政、人員)が自治体にあるかどうかである。我々技術屋は、どうしても技術のことを考えてしまう。しかし、これからは財政政策も含めた「インフラ経営」というもいのを考えなければならない。
4.インフラ経営へ
最終的に、社会インフラをどうしていくのか?という問題がある。マネジメントを考える上で、目標設定は重要である。マネジャーとして目標をどう位置付けるかということは、非常に難しくもあり重要である。自治体はそれぞれ状況や事情が違う。それに応じて決めていかなければならない。さらに諸条件が変化する中、役割や使用法なども見直さなければならない。インフラそのものにも様々な種類がある。「更新していくのか?」「撤去していくのか?」という問題が発生するが、これをどう考え、どう処理していくのか?財政と密接に関係するので安易な回答はできないはずであり、非常に悩ましい。下手をすると、財政破綻を招きかねない。これを避けるための思考が「マネジメント思考」である。
今後は単なる「長寿命化」や「予防保全」というだけではなく、財政も十分に配慮した「インフラマネジメント」から「インフラ経営」が必要となる。これを早期に理解していかないことには、インフラというか、住む街そのものを守っていけない。
高度成長期に大量に構築された社会インフラが一気に寿命を迎えるからである。非常に厳しい状態というか、確実に破綻に向かう状況である。これを回避するため、できるだけ破綻に抗う必要がある。
縮小社会へ向かう中、発展よりも「安全安心」「持続可能性」を求める世の中になってきている。インフラの整備・管理においては、自治体において適切な維持管理レベルを設定し、既存ストックの適正な維持管理・更新に取り組むなど、「選択と集中」の考え方による戦略的な取組みを推進していくこととが重要であるはずである。財政的なリスクが来るであろうことは多くの方が既に理解されているが、不安定なインフラのリスクを子孫に残すことは、避けなければならない。これは現在の我々の責務である。「維持管理の時代」とは、様々な総合力が必要な困難な時代に突入したということである。点検だけでは維持管理は完結しない。社会インフラ全体を考え、マネジメント思考をもって様々な工夫を考え、対処していく必要がある。
なので、私のマネジメント構想の中で「トリアージ」を取り上げた。だいぶ富山においても悪者視されてきた。しかし、実はそれは多くの方々の思考転換を願う策略であったのである。組織を改編し仕組みを変え、マネジメント思考を少しずつ植え付けた。理解のできない方々からは「悪代官」と言われ、反発も批判も受けた。「橋梁トリアージ」である。これを申し上げたのは10年以上前であるが、当初は国からも県からもマスコミからも議会からも市民からも批判されSNSでの中傷も見ていた。しかし、2030年問題が現実性を見せてきている中、同調する声が出てきた。私にすれば「やっとわかったのか?」というのが正直な感触ではあるが、もはや既に遅い。対処できないところが多いのではないか?
状況の理解できない者たちが如何に多かったかである。専門家と言われる人達も同様である。そんなことをしているうちに状況は悪化していった。マスコミの責任は大きい。そんな中でも「土木施工」や「共同通信社」は認めてくれていた。さらには自治体職員など、少数であるが早くから私の思想を認めてくださった方々がいた。先見の明である。意外とダメだったのは民間企業である。限られたフィールドの中で日々仕事をしていると、視野が狭くなる。もっと俯瞰的に見れないと先は見通せない。経営も危うくなる。
実は富山でのトリアージは1施策であり、他にも様々な施策を実施している。日本人の弱点である1強主義は戦略でも何でもない。戦いに勝つには多くの武器を使い、それらを有効に使ってこそ先がある。
マネジメントは先を見なければならない。先が見えない者にマネジメントはできない。そして、
時の流れが正しい評価を下す。
5.まとめ
インフラマネジメント、インフラ経営と言っても皆さんピンとこないでしょう。技術一辺倒で来た方々は特にそうだと思う。実は、この国のマネジメント分野は非常に遅れている。しかし、これは後ろ向きで言っているのではない。よく維持管理は守りととられる。しかし、攻めの守りというのもある。これは武道、武術を学んだ者ならば分かるでしょう。先を見極め、どうしたら有効か?消耗が少ないか?長期間抵抗できるか?という読みが重要である。「戦略的インフラマネジメント」「戦略的インフラ経営」が重要なのである。
土木学会誌の10月号には、私と経済の先生との対談が載る。主に生産性の話にはなったが、経済学も我々が学ばなければならない事項である。実はこのところ、いくつかのところから相談を受ける。「どうしたらよいか?」ということである。しかし、相談をしてくるようなところは、まだよい。全く何も考えていないところや、自分たちはよくやっていると思い込んでいるところもある。やった感をアピールして、評価をしていない。まあそれはそれでよい。自己責任である。
「何をやればよいのかわからない」ということが多いが、「まずは職員教育のためのセミナーをしてくれ」というものが多い。しかし、どれだけ効果があるかは未知数ではある。富山市で実施していた「植野塾」でどれだけの効果があったか?と聞かれるが、大体平均して30人くらいの参加で、数人である。それでも私は素晴らしいと思う。
民間の団体で「インフラマネジャー」の資格制度を実施しようとしているところもあるが、個人的には反対である。なぜか?というと、それはペーパー試験で判断するのは難しいからである。十分な実績と経験、人物像が重要となる。それをきちんと評価できる試験官が揃えられれば結構だが、おそらくそうはならない。これまで多くの資格制度がそうだったようにしかならない。
今後の社会を守るには、「インフラマネジメント」⇒「インフラ経営」へだと考えている。戦略と実行力が必要である。そして、哲学と胆力。
それが、「植野流インフラマネジメント術!」
インフラメンテナンス 総合アドバイザー
植野芳彦
PROFILE
東洋大学工学部卒。植野インフラマネジメントオフィス代表、一般社団法人国際建造物保全技術協会理事。
植野氏は、橋梁メーカーや建設コンサルタント、国土開発技術研究センターなどを経て「橋の専門家」として知られ、長年にわたって国内外で橋の建設及び維持管理に携わってこられました。現在でも国立研究開発法人 土木研究所 招聘研究員や国土交通省の各専門委員として活躍されています。
2021年4月より当社の技術顧問として、在籍しております。
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