植野が斬る!

“マネジメント”考!

1.はじめに  

「2030年問題」が叫ばれている。人口減少、技術者不足、インフラ老朽化であるが、これらは確実に襲ってくる。実は土木技術者ゼロの自治体は25%ほどある。数にすれば400から500である。いくらなんでもゼロでは何も生み出せない。これらにどう立ち向かうのか?

そんなことは30年前には予測できていたはずであるが、これまであまり議論されてこなかった。「長寿命化、予防保全」と理想論を言ってきたわけであるが、実はかなり難しい。

インフラにかかわる我々はどうすればよいのか?組織でどう向き合うのか?

2.受け身では守り切れな

社会インフラの維持管理において、多くの方々が「長寿命化、予防保全」と安易に言うが、はたしてそれは実際に可能なのか?実際に自治体の管理者として関わってきた者として、これを普通の自治体で実行しようとすると、かなりハードルが高い。まず、行く手を大きく阻むのは財政の問題である。多くの自治体において、インフラの老朽化対策に十分な予算確保は困難である。さらには人員不足。そして技術力不足。単純に、毎年今の予算を投入したとしても、このままでは破綻するのが明らかである。事なかれ主義、嫌なことの後回し主義が破綻を招く。少なくとも自分の暮らす街にはそうなってほしくないが・・・・。

民間企業においても、インフラに関するハード技術の技術者は思いのほか少ない。いや、希少である。これまでの長年にわたる建設事業の抑制政策で、実績と経験豊富な技術者は官民ともに少なくなってしまった。人材育成と言いながらも、実際にはほとんどできていない。そもそもが、官民ともに人材育成のために、何をやったらよいのかもわからないという現状もあり、実際にやられていることは、ずれている。

現状、点検においてすでに疲弊し、補修や補強・更新など、本来必要な行為が、なかなか実施できないのが実情である。つまり、老朽化対策の入り口で滞っている現実がある。この点検のための費用も適正であるか?点検結果は正しいのか?の判断すら難しい。そして、点検さえしていれば、安全であるという誤った認識もある。点検だけでは事故は防げない。これをどうするかである。点検の精度と補修方法の適正化、さらには適切な時期の判断も必要となる。
マネジメントの時代では、それぞれの役割分担が重要である。それぞれの特質を生かした役割分担である。特に我々土木技術者の責務は大きい。その点、アルスコンサルタンツは地方の小さなコンサルではあるが、長年の実績から構造系の技術者がしっかりしている企業であると思う。なんと言っても、副社長がしっかりしている。こういう企業はコンサルでは特に珍しい。橋梁やトンネル、土工構造においても実績がある。何よりもそれらに真摯に向き合っているし、誠実であるのが私には好ましい。

3.「点検はやってました」ではすまない

これまでの「造る時代」では、1件1件の対応が主体であった。しかし管理する時代は、管理している全体多数を一気に見ていかねばならない。これがこれまでとは大きな違いである。財政的にも技術的にも、単体の対応では追い付かなくなる。マネジメント力が必要になってくる。

社会インフラの点検の結果判定が悪いもの(Ⅲ評価)は、早急に補修をしなければならないことになっている。しかし、この補修という行為において予想外のコストがかかる。これで、現在多くの自治体で補修が遅れている。補修材料や補修工法の情報もあまりなく、経験も実績も少ない状況で、どうしたらよいのかという判断が非常に困難である。

補修材料として、どういう物を使用していけばよいのかすらわかっていないのが実情である。この補修材料などの技術開発も、欧米に比べて遅れている。本来、この補修技術が維持管理の本丸であるが、補修・補強の技術の議論も足りていない。ここが、おそらく今後の大きな課題となる。そして、補修という行為は行って終わりではなく、公共物として、ある程度の耐久性を保たなければならない。実際に、安易に材料や工法を選定し、補修しても短期間で補修効果がなくなる「再劣化」と言われる状況が起きている。これも、当初は「存在しない」と言われていた。

私は、さんざん伝えてきた。その結果、最近になってやっと認めていただけている。多くの方々は、補修補強さえすれば元の状況に戻ると考えているが、そうではない。本来もっと議論が必要な箇所である。こういった「維持管理技術の充実」が本来重要なのである。これもやはり構造系の技術者が少なくなっているからである。
「点検はやってました」では、本来済まない話なのである。尊い人命がインフラのために失われるのは、我々インフラを守る者としてはあってはならない。しかし、これが最近希薄なのは、どうも世の中がソフト系に移行しているからであると考えている。現場で、力の流れがわからないから判断を見誤る。どこが一番重要なのかも判断できず、どこから壊れるのかもわからない技術者(?)が増えている。ひび割れは誰でもわかる。幼稚園児でも見ればわかる。しかしそれが重要なのか、見過ごしてもよいのかがわかるのが技術者のはずである。

4.マネジメントの重要性

最終的に、社会インフラをどうしていくのか?という問題がある。マネジメントを考えるうえで、目標設定は重要である。マネジャーとして、インフラをどう位置付けるかということは非常に難しくもあり重要である。自治体はそれぞれ状況や事情が違う。それに応じて決めていかなければならない。さらに、諸条件が変化する中、役割や使用法なども見直さなければならない。インフラそのものも、様々な種類がある。それを、更新していくのか?撤去していくのか?という問題が発生するが、これをどう考え、どう処理していくのか?財政と密接に関係するので安易な回答はできないはずであり、非常に悩ましい。下手をすると、財政破綻を招きかねない。これを避けるための思考が「マネジメント思考」である。今後は単なる「長寿命化」や「予防保全」というだけではなく、財政も十分に配慮した、「マネジメント計画」が必要となる。これを早期に理解し、とにかく考えて、マネジメントしていかないことにはインフラは守っていけない。

高度成長期に大量に構築された社会インフラが一気に寿命を迎えているからである。非常に厳しい状態というか、確実に破綻に向かう状況である。これを回避するため、できるだけ破綻に抗うために、インフラ老朽化に対処するために、様々な工夫が必要となる。これが「インフラマネジメント」である。これを考えていかなければならない。それが「攻めのマネジメント」となる。これは今後の縮小社会への布石でもある。

5.攻めのインフラマネジメントへ

縮小社会へ向かう中、発展よりも「安全安心」「持続可能性」を求める世の中になってきている。インフラの整備・管理においては、自分たちの自治体において適切な維持管理レベルを設定し、既存ストックの適正な維持管理・更新に取り組むなど、「選択と集中」の考え方による戦略的な取組みを推進していくことが重要なはずである。財政的なリスクが来るであろうことは多くの方が既に理解されているが、不安定なインフラのリスクを子孫に残すことは避けなければならない。これは、現在の我々の責務である。「維持管理の時代」とは、様々な総合力が必要な困難な時代に突入したということである。点検だけでは、維持管理は完結しない。社会インフラ全体を考え、マネジメント思考をもって、様々な工夫を考え、対処していく必要がある。

私のマネジメント構想の中の「トリアージ」が取り上げられて、だいぶ富山において悪者視されてきた。しかし、実は、それは多くの方々の思考転換を願う策略であった。組織を改編し仕組みを変え、マネジメント思考を少しずつ植え付けた。理解のできない方々からは「悪代官」と言われ、反発も批判も受けた。
「橋梁トリアージ」のことである。これを申し上げたのは10年以上前。当初は、国からも県からもマスコミからも議会からも市民からも批判され、SNSの中傷も見ていた。しかし、2030年問題が現実性を見せてきている中で、逆に同調する声が出てきた。私にすれば、やっとわかったのか?と言うのが正直な感触であり、もはや既に遅い。対処できないところが多いのではないか?

現在は2026年である。完全に2030年問題の前触れが出てきている。正直言って悪口そのものはよくあることだが、専門家と言われる方々や、技術雑誌などからも批判を受けた。別に個人的に評価されたいとも、好かれたいとも思わない。状況の理解できない者たちがいかに多かったかである。専門家と言われる人たちも多く居たのが情けない。そんなことをしているうちに、状況は悪化していった。マスコミの責任は大きい。そんな中でも「土木施工」や「共同通信社」は認めてくれていた。さらには、自治体職員など少数ではあるが、早くから私の思想を認めて下さった方々がいた。先見の明である。意外とダメだったのは民間企業である。限られたフィールドの中で、日々仕事をしていると視野が狭くなる。もっと、俯瞰的に見られないと先は見通せない。

実は、トリアージはマネジメントの1つの施策であり、個別にみる必要は全くなく、できれば様々な手法を使うべきである。富山においては、トリアージは1つの施策であり、様々な施策を実施している。日本人の弱点である一強主義をやりたいのであろうが、戦いに勝つには多くの武器を使い、それらを有効に使ってこそ先がある。マネジメントは先を見なければならない。先が見えない者にはマネジメントはできない。

時の流れが正しい評価を下す。

6.まとめ

インフラマネジメントへの理解が広まりはじめたのは非常に嬉しい。ありがたい。私は、最初、戦略的にたたかれる方策をとってきたが、決してマゾではない。たたかれることによって物議をかもし、議論を呼び、早期に考えて欲しかったのである。
しかし、世の中はそうではなかった。他人の批判はするが、自分で考えることができない人たちがなんと多いことか。SNSなどは簡単に他人を批判できるのでひどい物であったし、わざわざ訪ねてきて「橋のお掃除をすればよい」と言い、当事者でもないくせに様々な意見を言っていく者もいた。私はそういう人間には、「じゃあ自分でやってみれば」と返していたが、そういう人たちに限って実行力は無い。正直言って、もはや手遅れである。

どうも、日本人は一つにこだわる。どれが一番か?何が最強か?と常にやってきた。だから、戦略的に負けるのである。それぞれの施策を駆使し、マネジメントしていけばよいだけなのだ。武器は多いほうが良いが、世の中は逆に狭める方向で動く。

そういう画一的な考えでは、インフラは守れない。組織やヒトには役割分担がある。技術者には技術者のやるべきことがある。そして自分の所属している組織によってその役割分担がある。これをしっかり認識しないとマネジメントはできない。マネジメントは個人でやるものではなく、組織でやるものである。マネジャーは、俯瞰的観点を持ちながら細部にも目を配らなければならないし、将来を見通せなければならない。

そして、とにかく、机上論ではなく「実行者」が必要である。私は「一実行者」を自任している。決して優秀でもないし力もないが、かつて先輩から評価されたのは実行力である。「お前は何事も、一旦決めたことはじっくり時間をかけてでも、必ず実行するよな。もうあきらめたかと思っていても必ずやる。そこがすごいよなあ!それを大事にしろ。」であった。それこそがマネジャーの本領である。マネジメントは結果を出さなければならない。

私が富山市のインフラマネジメントに取り組んだわけは、市長から富山市の持続可能なインフラマネジメントと職員教育を依頼されたからである。依頼されたらそれを確実に実行するのがプロである。結局、インフラマネジメントは自治体の経営である。それもかなり長期にわたる。さあ、皆さん、ここらへんで考え方を変えていかねばならない。

「考え方を変える時代!」である。

インフラメンテナンス 総合アドバイザー

植野芳彦

PROFILE

東洋大学工学部卒。植野インフラマネジメントオフィス代表、一般社団法人国際建造物保全技術協会理事。
植野氏は、橋梁メーカーや建設コンサルタント、国土開発技術研究センターなどを経て「橋の専門家」として知られ、長年にわたって国内外で橋の建設及び維持管理に携わってこられました。現在でも国立研究開発法人 土木研究所 招聘研究員や国土交通省の各専門委員として活躍されています。
2021年4月より当社の技術顧問として、在籍しております。