辰巳ダム建設に係る環境調査
~20年以上に渡り事業に寄り添い、環境調査・保全計画を検討
1.ダム事業周辺の生物に関する基礎的調査の実施
辰巳ダムは石川県金沢市を流れる犀川(二級河川)の中流域に建設されたダムで、全国でも2番目に建設された洪水調整専用の穴あきダムです。建設にあたっては環境に配慮するため平成11年より本格的な生物に関する基礎的調査が開始されました。当社では環境部門を抱える地元コンサルの先駆けとして工事前の基礎調査から保全対象種の詳細調査、保全対策の立案、実施、工事後のモニタリング調査に至るまで長年に渡りに業務に携わりました。
ダム建設予定地周辺の水域、陸域を入念に踏査し、動植物の生息・生育状況の把握に努めました。ダム建設予定地が里山地域に位置していることもあり、希少猛禽類のサシバや希少鳥類のミゾゴイ、洞窟性コウモリ類、里山に生育する希少植物など多くの重要生物を確認しました。
2.工事着工に際しての具体的保全対策の立案 ~保全対象種の生態に合わせた詳細調査と保全対策の立案~
具体的な保全対策を検討するために保全対象種の詳細調査を行いました。ミゾゴイやサシバ、ハチクマの営巣地の確認、希少植物の移植候補地の検討など生物の生態に合わせた詳細データを収集し、適切な対策を立案しました。特に入念に実施した対象は洞窟性コウモリ類や世界でも金沢市にのみ生息が確認されている洞窟性昆虫類のヒゲナガホラヒラタゴミムシといった洞窟内の生物です。犀川中流域には江戸から昭和初期にかけて石切りが盛んに行われており、その採石場跡の洞窟にこれらの動物が生息しています。これらの洞窟の一部が淡水域内に位置しており、洪水時には水没する恐れがありました。調査ではコウモリ類に標識を装着し、洞窟内利用状況や洞窟間の季節移動状況を把握し、生態が不明であったヒゲナガホラヒラタゴミムシについては洞窟内の出現場所、食性等の詳細な情報収集に努めました。
それらの結果を基に水没の影響を軽減するための誘導実験や移植計画を立案しました。
3.工事実施とともに実施したきめ細かい環境配慮
平成19年からいよいよダム堤体の工事が着工されました。工事の内容、進捗に合わせ計画した保全対策を実施していきました。
【希少植物の移植】
ダム堤体が建設される直接改変範囲に生育する希少植物を工事前に移植しました。河川の水辺に生育するイブキシダ、コンロンソウ、岩上に生育するコモチシダ、ミツデウラボシ、アズマシロカネソウ、里山の植物であるササユリ、バイカウツギ、イノデモドキなどが対象となりました。改変しないエリアの適地に移植するだけでなく、岩上に生育するコモチシダ、ミツデウラボシにつては改変後の法面に再移植するため、プランターなどで一時的に栽培する手法を採用しました。工事が完了した法枠内に再移植し、生育環境は変わりますが、元の生育地点に戻す配慮を行いました。
【洞窟性コウモリ類の誘導実験】
ダムの湛水域内に位置する洞窟は増水時には水没する可能性があり、特にキクガシラコウモリやコキクガシラコウモリといった冬眠している個体群には冬期に実施される試験湛水時にコウモリ類を水没死させる危険があり、この影響を回避するための方策の実施が必要でした。ダム建設予定地周辺には採石場跡洞窟が点在しており、湛水の影響を受けない洞窟が複数ありました。そこで、冬眠前に坑口をネットで閉塞し、水没洞窟を冬眠利用していた個体が周辺洞窟に移動するかどうかの実験を行いました。個体群の多くには標識が装着されており、無事、周辺洞窟に移動する事が確認できました。試験湛水実施までの複数年をかけ、閉塞期間を1週間、1ヶ月、冬季全期間と徐々にのばし、移動への馴致を行いました。その結果、冬眠するコウモリ類を水没させることなく、試験湛水を終えることができました。このような対策は全国的にも前例がなく、地域個体群を保全する際の先進的事例と言えます。
【郷土種による緑化】
ダム工事に伴い広い範囲の改変が行われ、これら改変範囲に対して可能な限り緑化や植樹を行う対策が講じられました。緑化、植樹に際しては当社の提案により周辺に生育している植物(郷土種)を用いて緑化を行うことが採用され、周辺に生育する草本類、木本類の種子の採取、保管を行いました。木本類を植樹するためには苗を育てる必要があったため、ダムサイト横の県有地を借用し、育苗場とし、当社の企業努力でコナラやヤマモミジ、ケヤキなどの苗を育てました。休日に社員が現地に出向き、播種、植え付け、草刈りなどの管理を行いました。100本以上の苗が育ち、これらの苗は施工業者により、ダムサイト周辺に植樹されました。また、草本類の種子は客土に混ぜられ、法枠の幅付けに活用され、郷土種による緑化に役立てられました。
4.保全対策の効果検証と事業実施の影響の確認
平成23年秋に工事が完了し、平成24年11月に辰巳ダムの竣工式が行われました。ダムは完成し、供用されましたが、工事後の影響の有無、保全対策の効果検証のためのモニタリング調査が平成31年まで行われました。調査は保全対象となった種と魚類を対象に行いました。
ダム工事前から供用後のモニタリングに至るまで、約20年間という長きにわたり、当社で環境調査に関わることで少なからず同地域の環境保全に貢献できたと自負しております。
【魚類】
辰巳ダムは洪水調整専用の穴あきダムであり、平水時は堤体が存在するだけで、ダムの上流部も通常の河川と変わりありません。ダム堤体の穴の部分に魚が遡上しやすいよう、魚道が設けられており、その効果、影響を調査しました。ダム完成後も建設前の魚類層と変化もなく、ヤマメやカジカなどが変わらず生息していました。ダム上流部でアユの遡上も確認され、設置された魚道が効果的に機能していることが立証されました。
【植物】
保全対策として、直接改変区域に生育する植物と水没頻度
が高くなると予想された湛水域下流域に生育する植物を対象に適地に移植を行いました。湛水域の中流上流域の希少植物は枯死しない可能性が高いと予測されたことから、移植を行わず、供用後に残存状況を確認することとしました。その結果、一部、消失した地点も見られましたが、貯水池内にほとんどの希少植物が影響受けることなく、生育していました。
【猛禽類】
工事前にはダム堤体周辺にサシバ、ミサゴの営巣が確認されていました。比較的、工事箇所と近い場所であったため、工事中も監視調査を継続していました。供用後のモニタリング調査でもこれら全ての営巣が継続されていることが確認でき、ダム供用後も生態系ピラミッドの頂点に位置する猛禽類の安定的生息が保たれていることが立証されました。
【洞窟性コウモリ類】
誘導実験の結果、試験湛水時の水没死の影響は回避できましたが、試験湛水時には洞窟内に水が流入しており、環境の変化が懸念されました。そこで試験湛水後にはコウモリ類の利用状況、利用場所の調査と並行して、温度、湿度の変化、坑内の崩壊状況などの調査を行いました。温度、湿度などに大きな変化はなく、水の流入による土砂の堆積も多くなく、コウモリ類の利用場所に大きな変化はありませんでした。また、試験湛水時の水没洞窟の閉塞により冬眠利用する洞窟を人為的に変化させることとなりましたが、ダム周辺 での洞窟性コウモリ類個体群の生息数は工事前と変わらず維持されていることが確認されました。
【ヒゲナガホラヒラタゴミムシ】
コウモリ類と同様、試験湛水時の水没死を回避するため、水27没洞窟において試験湛水前の 3年間で可能な限り捕獲し、その個体を周辺洞窟に移動させる対策を行いました。ダム供用 後には改めて水没洞窟で同種の生息状況を確認する調査を行い、いずれの洞窟でも水没後に生息が確認され、水没死を免れた個体がいたことが立証されました。生息が確認されない場 合は工事中に移動させた周辺洞窟から再移動を行うことも計画していましたが、無事生息が確認されたことから、再移動は行いませんでした。
【ミゾゴイ】
ミゾゴイの調査は渡来時にペアリングのためにおこなう「さえずり」を確認することが重要です。工事中もこれらのさえずりを確認していましたが、工事前と比べペア数がやや減少していました。そこでダム供用後もミゾゴイの生息ペア数を確認するための調査を行いました。ダム周辺ではダム工事以外にも森林伐採や道路建設なども実施されており、少なからず面的な環境変化が見られていました。ミゾゴイの餌となる生物生息量の定量的調査を行いながら、中期的な視点に立ち、ミゾゴイ渡来況の回復状況をモニタリングしました。約5年の継続調査を経て、ダム堤体近くでの生息も確認され、生息状況の回復が確認されました。
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