植野が斬る!

インフラマネジメントの極意

1.はじめに  

富山市での大きな成果は、「マネジメント基本計画」の策定とその実施であろう。

40年の経験から、それまで温めていたマネジメント計画を実行していった。いわば、富山は植野の試験フィールドであった。10年ほど経ってやっと世の中で認められだしたと言うのが最近の感触である。乗り込む前に構想していたものを、乗り込んだ後に示したものである。
しかし、皆さんこういった「マネジメント計画」への理解がない。困ったものである。よく今まで事業をしていたな。これまでは1件1件の対処だったからであろう。効率の良い事業実施という考えがあまりない。旧態依然とした考えと体制を変えようとした。それがマネジメントの基本である。昔の1件1件対処する方法は、言い方は悪いが誰でも出来る。体系立てて、総合的にマネジメントしていくのがこれからの手法である。
だいぶ周囲からのバッシングも受けた。想定内であった。逆にわが意を得たりであった。トータルマネジメントが出来ない世の中は危ういと言うのを感じた。これから先も不安である。

2.マネジメント手法としての実行施策例

富山市での私の成果として、多くの方々は「橋梁トリアージ」を挙げる。
しかし、これは一施策であり、戦術的なもの。根本は「富山市橋梁マネジメント基本計画」というマネジメントの基本構想があり、その中に示した一施策でしかない。この辺が理解されないのもマネジメント志向の欠如である。

インパクトが強すぎたのか、当初は全く受け入れられなかった。インフラの老朽化の危機的状況を示したものである。これに至ったのは、東日本大震災の折に知り合いの医師団に同行し、東北地方の被災地に行った時に感じた感覚から。本当に悲惨な状況から医師団はトリアージを始めた。ものすごい決断力と精神力を感じ、インフラもこのくらいやらないと、将来はないと感じた。
この時、医師団の1人の方は「トリアージは非情にならなければ出来ない。家族や身内、友人が対象者の場合は、他の方に代わってもらうしかない。それだけ非情なものだ。そうでなければ助けられるものも助けられなくなる」と話していた。これが基本だと。まったくその通りだ。橋梁トリアージも同様で、地元の人間には難しいかもしれない。情が入ってしまう。実家の近くだとか○○さん家の近くだ・・・とか。ではマネジメント基本計画の中の施策を少し書く。

①「富山市橋梁マネジメント基本計画の策定」
それまであった「橋梁長寿命化計画」に縛られることなく、今後の方針を「マネジメント計画」として、職員はじめ市長や議員に示した。その後、ホームページ上で市民にも公開している。これが全ての基本の計画であり方針。さらに、これは数年に一度は見直すことにしてある。

②「橋梁トリアージ」
橋梁等に対し、プライオリティを明確にして保全、更新、撤去などを実施することを宣言した。施策にネーミングを行い、それを職員に植え付けていった。少々過激なネーミングだが、それによって物議を起こし、さらには確固たる決意を示したもの。これをやらなければ状況に流されて行き、有効なマネジメントはとん挫する。このネーミングは強烈なインパクトを与え、物議をあえてかますと言う言霊であったのだが、批判する人たちには格好の話題になった。この言霊の力は現在もまだ続いているが、信者は確実に増えている。
最近では「単純撤去」と言い出した方々もいるが、そうではない。もっと長期にわたる財政も含めたトータルマネジメントなのだが、理解できる方は少ない。撤去するという現象のみに目が行ってしまい、その後ろにある市の財政や将来の人口動向、居住地域と言ったものを考えられていない。

③「橋梁データベース」
地方自治体は、だいたい県のデータベースシステムに入っている。
シミュレーションで検討する際に、データベースシステムの仕様書を見せて欲しいと要求した。しかし出てこず、出来ないということだったので、シミュレーションを可能にするために、県のデータベースとは別に、市のデータベースシステムを構築し、各種シミュレーションを可能にした。富山市独自のシステムでいろいろな状況を同時に動かし、その中でシミュレーションしていくことが可能になる。
「橋梁長寿命化計画」ではなく、新たな「橋梁マネジメント計画」を実行するためには長期シミュレーションが必須であり、財政との関係性も考えたシミュレーションを数年に一度実施することにしている。データベースシステムは大変だと言う方もいますが、市が管理する橋梁数は高々2300橋であり、データベースのデータ量は大したことはない。

④「セカンドオピニオン」
業者が点検した結果について、全てもう一度、私が目を通すようにした。
これは2300橋あるので、ものすごい手間がかかった。最近は特に問題が大きいもの、評価ⅢとⅡの境界にある案件に絞っている。職員には全て見させている。診断を官側が行うことが精度を上げるうえで必要である。

⑤「マネジメントカンファレンス」
議会等に説明する上で、第三者である近隣の大学の先生に「この橋いかがでしょうか?」と、ご意見をいただいておく仕組み。学識者のご意見を得ることで、説明効果を和らげ、職員の議会への説明の手間を省く効果を期待した。

⑥「研究協力協定」
様々なところと協定を結び「積極的なフィールド提供」や「補修オリンピック」というのを行っている。
研究協力協定の第一号は、土木研究所。様々な共同研究を直に実施する協定を結び一緒に行っている。土木研究所の理事長にも来てもらい、市長と協定を結び現在も続いている。今年で10年以上になる。テーマも少しずつ変化しており、現在はAIによる橋梁診断、局所洗堀も実施希望のフィールドを提供するような形で始めている。職員の教育、意識向上にも役立てている。

⑦「植野塾」
毎月一回開催していて、通算60回くらい開催した。市の職員にはあまり受けは良くなかったが、他の組織の方が結構来てくれた。それでも実施した甲斐はあったと感じている。最近は、富山市が非常勤になったので、依頼される各地方に行き実施している。定期的に依頼されるのは、沖縄!

⑧「点検等の新たな委託・発注形式の検討」 
橋梁専門業者や地元建設業者へ点検の発注を移せないか模索しているところだ。
何故かというと、日本の多くのコンサルタントは現場を知らないという問題があり、同じものを見た時に、なかなか的確な回答を得られない場合が多くあった。実際に同じ橋梁をコンサルタントに見させた後に、それを作ったPC橋のメーカーに見せた。富山市の職員も同行し、後から感想を聞くと「メーカーの方が的確な指摘があった」「同じ点検でも見方が違う」という話をしていた。今後はできれば安易にコンサルタントに点検を委託するのではなく、メーカーやゼネコンに点検を発注することも考えていった方が良いのではないかと考えている。

⑨「点検モニタリング」
ASRはどんどん成長していくと言われる。これを解決するためにASRだと分かっただけでは仕方がないので、それを将来的に継続的にどうしていくかをモニタリング等の技法を使って確認していくことが大事。ASRは成長するので変化を継続的に観察する調査が重要だ。Ⅲ評価になった場合は、早急な補修が必要なはずだが、モニタリングシステムの設置により監視が重要な役割を果たせる。山間部の橋梁など、短時間で現場に行けない橋梁などには威力を発揮している。

⑩「PPP/PFI」方式の検討などの新たな仕組み
民間活力の導入の検討も行っている。これは今後の課題として、短期間には検討できないのですでに始めている。

⑪「発注における考え方」
コンサルタントタントには評価制度を導入し、評価している。
これは国土交通省などが実施しているが、地方自治体では行っていないと感じられた。驚いたのは、技術系職員に対し「あなたの業務で何が一番大変ですか」とヒアリングしたところ、9割方は「発注業務」と答えた。発注業務が大変だというのなら、仕組みさえ構築できれば技術職員でなくても良とすごく感じたが、将来に向けて包括化を考えていかないといけないと思った。

3.戦略と戦術

みなさんこれがわかるであろうか?
戦略は、大筋を示し方向性を明確にすること。戦術は、戦略を実現するための手法である。
この区別が出来ない方々が多い。この区別が出来ないと、プロジェクトのマネジメント能力はない。かつて、標準設計を否定された。しかし、これはマネジメント能力の無さを自ら示すもの。誰もそのまま使えとは言っていない。考え方を示したものだ。しかし短絡的に考えて「使い物にならない」と、よくそしりを受けた。これは自らのマネジメント能力が無いから使えていないのだ。
マネジメントやシステム化の基本的な考え方は「標準化」の分析から始まる。そうでないとまとまらない。いつまで経っても1件1件気にしているから物事が進まない。これはマネジメントという思想がないからだ。日本の弱点である。

4.今回のまとめ

橋梁トリアージは、やっと最近になって多くの問い合わせがある。やはりこれくらいやらないと、市を保てないと言うことである。これを言い始めた10年ほど前は多くのバッシングを受けた。みなさん暢気に構えていたわけである。しかし、理想と現実は違う。橋梁長寿命化?予防保全?言葉としては人間に例えれば素晴らしいが、出来るのか?
これまでの経験でも感じていたが、マネジャーはある意味非情でなければならない。ポピュリズムでは世の中は救えない。決めるものは決める、その心構えが重要である。
しかし、当初は国からは「トリアージなんてとんでもない。長寿命化、予防保全なんだ。全数守るんだ」と言われた。実は今でも一部は言っている。新聞や技術情報誌などからも同様に叩かれた。この対極にあったのが「橋のお掃除」である。こちらは賞賛された。これはこれで重要である。なんで、皆さんは、区別したがるのだろうか?一緒にやればよいではないか?戦術はたくさんあったほうが良い。武器もたくさんあったほうが良いのに、どうも日本人は1つにこだわってしまう。
これはマネジメント能力のなさである。実は、富山のマネジメント基本計画にも橋のお掃除は入れていた。様々な実施検討や試行の結果、富山では無理だという結論になった。

しかし、国の一部の人たちや多くの方々は、だいぶ分かってきているようだ。私の思考、思想が早すぎたのであろう。これは昔からである。なぜか?私は未来から来たからである。(笑)

一番、勉強になったのは韓国での高速道路PFI事業である。
限られた時間の中、異国でやらなければならなかった。現代産業をSPCの事業会社として使ったわけだが、向こうの責任者と話して感心したのは、工期が間に合いそうもないと思った時に「工期は間に合うのか?」と聞くと「国家プロジェクトなので、韓国中の機材や人員を集中してでもやる」と応えた。
その前に、橋梁105本、トンネル13本の設計照査を1年間弱で実施したが、この時役立ったのが「標準設計」の思考である。JICE時代に上司に叩き込まれたインベントリー思想が役立った。 これは、みなさんわからないだろうな?結局、マネジメントは工夫と多くの手法なのである。

インフラメンテナンス 総合アドバイザー

植野芳彦

PROFILE

東洋大学工学部卒。植野インフラマネジメントオフィス代表、一般社団法人国際建造物保全技術協会理事。
植野氏は、橋梁メーカーや建設コンサルタント、国土開発技術研究センターなどを経て「橋の専門家」として知られ、長年にわたって国内外で橋の建設及び維持管理に携わってこられました。現在でも国立研究開発法人 土木研究所 招聘研究員や国土交通省の各専門委員として活躍されています。
2021年4月より当社の技術顧問として、在籍しております。