植野が斬る!

たかが基準、されど基準

1.JICE(※1)での業務(35歳から41歳)

苦しかったが一番充実した時代だった。これで、官庁や業界内で知る人ぞ知る、「国土センターの植野」となった。
今でも、特に国交省の人には、「国土センターの植野さん」と言われる。ここでは、前述のKさんを筆頭に、尊敬できる方々と接することができた。それまで、道路橋示方書や教科書で活字でしか見たことの無い方々、先生方と直に接し、教えを乞い、様々なところに一緒に行き、委員会で議論できた。大変だが幸せな時代だった。

面白いエピソードとしては、帰宅時にタクシーを使うことが許されていた。俗に一時期話題になった居酒屋タクシーである。
深夜になると霞が関の官庁街にはタクシーが集結する。ホテルに宿泊すると自腹。なので深夜に帰宅する場合にはタクシーを毎晩のように使用していた。(ある意味、上司への嫌がらせである)
当然、総務から「タクシー代を使いすぎ。」とクレームが来た。それに加え「委員会の会議弁当代がかかりすぎている。」とのこと。実は委員会に弁当をつけるのは出席率を上げる一つの方策なのだ。
キレた私は「俺は1人で10億円の業務をやっている。何なら辞めてもいいんだよ。」と言うと「いやいや、目立たないようにやってくれ。」と言われた。当時、組織全体の目標は1人1億円。全体で100億だったので、10倍やっていたわけである。自分では「私は1人3交代制なので。」とうそぶいていた。

2.基準を作るということ

では基準はどう作っていくか?であるが、まずは、コンサルの設定である。
基準類の策定では、どうしても随意契約で実績のある業者を選定する。基準策定の特殊性がある。よく、各種研究会や委員会を実施すると、マニュアルを作るのが目的であったりするが、マニュアルや基準類には“格”が有る。それを理解できていない者が多い。これは大学の先生方もそうであるが、実績がないと理解できないであろう。
本省の了解を得たうえで選定することはもちろんである。よく会計検査で引っかかるのは、これを理解せずに実行した場合である。基準と言うのは、考え方の基本であり、これを遵守できなければ大問題である。我が国ではこの基準類を基にした「仕様設計」が設計の基本である。

 実は皆さん、民間の委員会などで気軽にマニュアルや基準を作るとよく言うが、公的な基準を作るには、相当な労力と神経を使うわけである。Kさんの仕事ぶりを見ているとものすごい集中力である。私などは今でも誤字脱字、変換ミスのオンパレードであるが、許されない。毎日毎日真剣に文章をチェックしていた。

そんな中で仕事をしていて、Kさん曰く、コンサルの出来が悪い場合は、まず、「担当者を変えろ。」さらにダメならば、「会社を変えろ。」とのこと。よいのか?と聞くと「当然だ。デキの悪い連中と付き合う必要はない。」と言われた。「あぁこれで、C社の連中もやられたんだな。」と改めて思った。
それから私も業務途中で、担当はもちろん会社を変えたことが何度かある。それくらい厳しい世界なのだ。
当然クレームは来た。大体が自分のデキの悪いのをこちらのせいにしている。上司がそれを真に受けるかどうかであるが、何度か役員が来て「あなたの指示が悪いから、当社は大赤字だと言う。」結局はそれだけの会社、それだけの担当者なのだ。中には業務途中で「もう勘弁してください。」と申し出てきた会社もある。なんと甘ちゃんなんだろうか。

担当していたものは、委員会付がほとんどであった。基本的に、委員会では先生方に、私が説明しなければならない。
なので、委員会の当日までには資料を読み込み、納得のいかない箇所は修正するか理由を明確にしておかねばならないが、約束の工期に間に合わない場合が非常に多い。催促しても持ってこずに、委員会の10分前に届いたことが何度かある。
「人数分、コピーはしていきますから」は良いのだが、こちらは読み込む時間がない。説明と同時進行で読んでいき、「あぁ、ここの文章おかしいですね、直します。」などと言うのはしょっちゅうであった。人によってはコンサルに説明させている者もいたが、私はKさんの指導でそういうことはしなかった。あくまで自分の業務なのである。責任も自分にある。

基準・指針・参考例・ガイドライン・マニュアル・・・と様々な呼び方があるが、安易に作ろうとはしないことが望ましい。こういったものには責任が伴う。よく基準などには、名簿がついているがそれはそういうことを意味している。
今、安易に「マニュアルを作ればよい」と言う意見には反対である。責任が取れるのか?と言うところ。
基準を作ると、基準類の中身に関する説明責任が伴う。
質問が来た。場合によれば土木研究所や本省などからも来た。それに関して答えるのも責務であった。基準が完成すると、会計検査院などに説明した。コストが絡めば、財務省にも説明した。さらには道路橋示方書や道路協会作成の基準類の解釈や質問なども来る。会計検査の事後処理(解決策の提案)の相談なども来た。過去に作った基準類の質問が今でも来ることがある。

3.コンサルが馬鹿にする「標準設計」

多くの方々は「標準設計」と言うと馬鹿にする。「使い物にならない。」とよく聞く。
標準設計の役割は、

(1)道路橋示方書の補完である。道路橋示方書だけでは実際の設計はできない。そのため解説書的役割。設計の考え方も示す。

(2)配筋の指標

(3)コスト縮減

(4)維持管理性の向上

さらには、内緒ではあるが、会計検査時の指標である。(この話はまた別の機会に)

これらのことを世の中で理解している人間は少ない。標準設計図集を策定するには、ものすごい労力を要する。1工種に対し、数万ケースの試設計を行い、これを分析し、まとめていく。場合によれば試積算や試験施工なども行う。出来上がると会計検査院に報告し、説明する。会検職員に対して講習会も行う。
こうして出来上がった標準設計を簡単に「使い物にならない。」「必要ない。」としたのは、建設コンサルタント協会である。要望が技術審議官に出され、それが受け入れられてしまった。
この時、私は阪神・淡路大震災後の示方書改定を終えて、標準設計の改定作業を始めたばかりであった。示方書が改定された場合、標準設計も該当する工種の改定を速やかに行うのが慣例になっていた。いわゆるH8道示では、基礎工、橋台、橋脚をはじめ擁壁、上部工とほとんどすべての工種の改定が必要であった。重要度から順番を考え、下部工から始めた。予算を確保し(35億円)、指定の工期までにはとてもとても間に合いそうもないので、フライングで検討を開始していた。

すると、技術審議官から呼び出され「標準設計はもはや必要ないと建コン協が言っている。廃止を考えている。」という。
「ほう!上等だ。デキの悪いコンサルのために作っているのに要らない?」と、笑ってしまった。反発したが、決定だと言う。「作業が間に合わないのでフライングしている。」と言うと「お前が悪い。」と言うことになった。
示方書を改定したら標準設計を速やかに改定すると言うのが、それまでのルールであったのだが、そんなものは必要ないと言うことであった。「今回の示方書は耐震設計などかなり難しくなっているので世の中混乱しますよ。」と言ったが無駄であった。それで作業は途中でやめたわけだが、その後監査が入り、このフライングの分約2億円が問題となった。
すると「お前が始末書を書け。」と言う。「俺は、止めろと言われて止めたのに何で始末書書くんだ?納得がいかない。」と言ったら、いいから書けと言う。始末書を書くと言うことは役所では大変なことだ。長いものには巻かれろとは言うが理不尽の塊である。
建コン協に対しては恨みが残った。私は執念深いので絶対に許さない。ミスがあるたびに、やっぱりね!と思っている。世界中の先進国ではどこの国にも標準設計が存在する。これが整備されているかどうかが重要なのだ。実は会計検査院は会計検査でどういう見方をしているかと言うと、断面や鉄筋量、材料数などを標準設計から割り出し、判断して疑わしいものをピックアップしていく。

 これで終わっては悔しいので、「今回の耐震設計改定は非常に難解で、恐らく混乱する。ガイドブックみたいなものを作りましょう。」と、本省の国道課、土研の橋梁研究室、システム課、技術基準の幹事地整に働きかけ、当時はやっていた「サルでもわかる耐震設計」を作りましょう。と言うことで、作成することになった。
しかし、「建コン協は、優秀ですべてわかっているそうなので、直轄職員限りにしましょう。」と言うことにしてやった。実際には「さすがに、サルでもわかるではまずいだろう。」「実際にはサルではわからないよ。」と言う意見があり「道路橋耐震設計ガイドライン(案)」として作成し、直轄の技術系職員に配布した。
その後、わかりにくかった拘束筋やスターラップに関しても注意した、「配筋要領」も出した。これはあまり知られてはいない。
それもそのはず、「直轄職員限り」だからである。私のささやかな意地悪である。
最近、関東整備局で若手職員向けの講演をしたときに、一番前の真中に座っていた職員が、この話をしたときに、カバンから出して「これですよね!」と示してきた。うれしいものである。

国土センター(※1)で阪神大震災の件等、大活躍してしまった私は、民間からの中途採用としては、異例の役職になってしまい、Kさんが辞めた時の地位に40歳でなってしまった。
周りから、「ここに居ても、民間出身者としては、もう先はない。どうしても国家1種を持ったものが上に来る。こき使われるだけだから考えたほうが良い。」と言われ、自分でもそう感じていた。Kさんが「疲れた」と言っていたのがわかった。

次回は、JICE(※1)での他の仕事についても書く。たかが基準、されど基準。

※1:一般財団法人国土技術研究センターの略

インフラメンテナンス 総合アドバイザー

植野芳彦

PROFILE

東洋大学工学部卒。植野インフラマネジメントオフィス代表、一般社団法人国際建造物保全技術協会理事。
植野氏は、橋梁メーカーや建設コンサルタント、国土開発技術研究センターなどを経て「橋の専門家」として知られ、長年にわたって国内外で橋の建設及び維持管理に携わってこられました。現在でも国立研究開発法人 土木研究所 招聘研究員や国土交通省の各専門委員として活躍されています。
2021年4月より当社の技術顧問として、在籍しております。